「TOURIST HOME & LIBRARY 青い星通信社」があるのは、北海道の中央に位置する旭川市と(北方領土を除く)日本最北端の地である稚内市のちょうど中間に広がる、美深町という町です。町の面積は東京23区すべてを合わせたよりもやや広く、対して人口は東京ドームの収容人員の1/10ほど。豪雪地帯対策特別措置法における特別豪雪地帯に指定され、1931年(昭和6年)には日本の気象観測の歴史において最低気温の記録となっているマイナス41.5℃を観測した、豪雪•極寒の土地です。
そして美深町はまた、小説家・村上春樹の代表作の一つである『羊をめぐる冒険』の舞台である十二滝町のモデルになった場所ともいわれています。作中ではこの架空の町について「札幌から道のりにして二六〇キロの地点である」と書かれ、札幌からの行程は「旭川で列車を乗り継ぎ、北に向かって塩狩峠を越え」、さらに「もうひとつ列車を乗り換え」て「東に向きを変えた」先にあると説明されていますが、これは札幌と美深(正確には美深町の仁宇布地区周辺)の位置関係とピタリと符合します。さらに主人公が最後に乗り換えたその列車が走るのは「全国で三位の赤字線」とされていますが、かつて美深町には“全国一の赤字線”といわれた旧国鉄美幸線が走っていました。そうした記述の一つひとつから、作者が明言こそしていないものの、十二滝町とは美深町であることは疑いようがありません。
『羊をめぐる冒険』は主人公と親友との決定的な別れを描いた、いわば“喪失の物語”でしたが、時折、宗谷本線の線路を走り去っていくディーゼル車の汽笛が響く美深町の草原は、そんな物語の舞台にこのうえなくふさわしい場所であるのです。